5月07日(土)
<あと7日>

5階オペレーティングフロア壁面の製作

5階オペレーティングフロアの平面図です。東電が当時公表した資料を元に作図します。
各フロア床板を正確に再現しました。天井高さと床の厚さも違います。
ここが後に大きな問題になる「吹き抜け」です。2面図からは絶対に読み取れません。
その後に公開された図面から、縦横比がもう少し正方形に近いことが判明しますが
1年近く後のことでした。
5階の壁面トラス構造もこだわって正確に再現してあります。
3方向のパタンに一定の規則性があることが判明押しました。
自衛隊ヘリ撮影映像をキャプチャして、正確に調べます。
4階から下の壁面の見えないところには床材の当て木としてガイドを固定します。
5回の壁面が作られるとぐっと精密感が増しました。
当初は天井も作り、屋根裏トラス構造も再現して照明をLEDでつけるつもりでした。
いざ塗装!という深夜に色がない事が判明。ビンテージもののレベルカラーを使います。
40年近く前のものですが何の問題もありません。実物の1号機と同じ経年塗料です。


いよいよ締め切りまで1週間となりました。何度も経験していますが、こういった雲をつかむ様なフルスクラッチは「締め切り」があることが重要です。計画が立てられないなりにも考えるからです。そしてこの日は初めてソーシャルメディアコミュニケーションのmixiに「実はこういったものの製作中です」と初めて公開した日でもありました。

基本的に顔がわかる方だけの公開の場でしたが大きな反響があり、大いに勇気づけられました。この日からの1周間はmixiに公開したので後戻りできないという退路を断ち、なおかつ大勢の友人・知人・先輩からの激励やアドバイスに支えられました。

繰り返しますが、入手できたのはあくまでも2面図(正面図・側面図)であって平面図がありません。しかも各フロアごとに並びがいろいろと違います。今でこそ東京電力のWebサイトに各フロアの平面図が載っていますが、当時は公開されておらず、限られた情報から導いていきました。型は違いますが震災直前に柏崎刈羽原発の内部を取材できて、構造を理解していたことも大きな助けになりました。

今回の模型製作を通して改めて確認できたことは、1階から5階まで貫通している吹き抜けの存在です。1階の大物搬入口から入ってきた核燃料専用輸送容器を大型クレーンで一気に5階まで吊り上げるために、元々開口しているのです。使用しない場合は安全のために蓋をされることもありますが、この吹き抜けの存在により建屋に充満してしまった水素の流れなどが推察できます。事故当初は情報が公開されなかったことから、原子力の専門家でさえこの吹き抜けの存在を知らずに解説する人もいました。後日談ですが国会事故調の元委員が1号機の建屋内4階を調べたいと言ったら、東電担当者が「窓もないので真っ暗です」と説明したことが大問題になりましたが、これなども吹き抜けの存在を双方とも認識していれば、こんな事にはならなかったはずです。

5階は燃料操作の総本山ですのでオペレーティングフロア(略してオペフロ)とも言われます。ここの壁は4階までとは違い、厚いコンクリートではなく鉄骨トラス構造に壁が貼り付けてあります。そのため今回の不幸な水素爆発では弱い5階部分だけが骨組みを残し吹き飛んでしまいました。ちなみに同じく水素爆発した3号機は5階部分の壁の作りが1号機と違い強いので、より圧縮された形になり、大爆発になってしまいました。これも構造を理解していれば一次情報だけでもその違いを読み解く事が出来ます。今回の模型では東電が公開した爆発後の写真や、自衛隊のヘリが撮影した動画をビデオに撮り、ストップモーションで画面をデジカメ撮影するというアナログな手法で資料を集めました。おかげでトラス構造の違いも完璧に把握出来ました。

土曜の夜になって「とりあえず1回目の塗装をしよう」と突然なったのですが、こんな時に限って手持ちの塗料にそのものズバリの色がありません。調色すれば出来るのですが、そのあとも何度も使い続けることを考えれば市販の特色を使いたいところです。こんな時は捨てる神あれば拾う神ありです。デッドストックで所有している40年前の模型専用塗料レベルカラーから取り出してきました。40年前の塗料が本当に使えるか不思議に思う方も多いとは思いますが、専用のうすめ液を使えば、エアブラシ塗装する分には何の問題もありません。むしろ福島第一原発が誕生した昭和46年当時の塗料に近い経年ですので、小さなこだわりにもなりました。

(2014/01/13)